奈良 おじぎをする鹿

初めて日本に来るイギリス人達の為に考えたオリジナルツアー。
東京から湘南、富士宮、そして京都に三泊した後、奈良に移動しました。

先日、岐阜県庁の方に、「奈良には、おじぎをする鹿がいるんですよ。」とうかがいました。
その時は、「冗談でしょう?」と信じなかったのですが、そう言ってしまった事を奈良で反省しました。

おじぎをする礼儀正しい鹿。
https://www.instagram.com/p/BpHV5_WBncY/

イギリス人達も、奈良に沢山の鹿がいる事に驚いている様子でした。

「京都とは違うね。」と話していました。

東大寺

春日大社

興福寺

奈良で、「少しの間、ツアーガイドを放棄してもいい?」と、イギリス人達に頼み、東大寺から近鉄奈良駅に移動しました。

墨運堂さんにうかがいました。

墨がどうやって作られているのか、紹介しています。

墨の資料館では、貴重な書道道具も展示されています。

奈良では、一泊しかしなかったので、時間が足りませんでした。
今度、日本に来る時には、奈良で二泊以上出来たらと思っています

初来日の英国人達に京都案内

初めて日本を旅行するイギリス人達の為に、京都での観光スケジュールをつくりました。京都に三泊する事にしました。

まず、滞在先として、旅館を提案しましたが、却下。
「東京から京都に向かう途中、旅館に泊まるから。姫路でも旅館に泊まるのに、京都でまで、旅館に泊まりたくない。」と、きっぱり断られました。

行きたい所を聞くと、『伏見稲荷』と即答。イギリスでも日本のガイドブックで、大きく取り上げられています。主人と私は、龍安寺に行きたいのと、金閣寺は見せておいた方がいいと考え、京都での訪問先をしぼりました。

龍安寺

石庭を鑑賞しようと、朝一番で出かけました。
静寂の中、鑑賞したかったからです・・・が、修学旅行の時季と重なり、ガイドさん達の説明とはしゃく声が交錯。
今回、学んだ事。
カメラ撮影はOKですが、石庭のスケッチをするのは禁止との事。

金閣寺

龍安寺から金閣寺まで、歩いて行きました。途中、回転寿司を発見。まだランチタイムには早かったのと、これから、他にも回転寿司屋さんがあるだろうと思っていたのが甘かった。「イギリスの回転寿司との違いを知ってほしいから。」と説得して、入っておけば良かったと後悔。

金閣寺でいい写真が撮りたいと思ったら、朝一番に行く事をお勧めします。私達は、龍安寺の後に行ったので、大勢の観光客がいて、油断して歩いたら、記念撮影の場所に入る事すら出来ませんでした。

金閣寺を正面から撮る事が出来る、こちらの場所は、多くの観光客であふれかえっていました。

良い写真を撮りたいと思ったら、多くの方々をかきわけ、一番前に出る事が出来るまで、じっと我慢。

伏見稲荷

外国人の間で、日本観光で、一番人気なのが、この伏見稲荷という記事を見ました。
沢山の鳥居があるという記事を読んでいたイギリス人達。

鳥居、鳥居。そして、また鳥居。

途中で休憩。坂の上で、京都を一望。

そして、また歩き。

いい運動をしました。

清水寺

清水の舞台を見せてあげたかったのですが、修理をしていて、このような状態になっていました。

中に入る事は出来ました。

清水の舞台の上からの眺望。

地主神社、音羽の滝。

八坂神社

八坂神社から産寧坂まで歩きました。

風情のある街並みを楽しんでくれたようでした。

書の看板の撮影も忘れずに。書道の稽古の時に、「日本に行った時に、気になった看板があったら、写真を撮ってきてくださいね。」と生徒さん達に伝えています。
仮名の読み方の勉強の時に、イギリスでこの写真を見せようと思っています。

京都在住の方から、餃子の王将を勧めてもらいました。京都に着く前から、「日本の食事はもういい。」と、拒否されるようになり、食事場所を探すのに苦労しました。この事情を伝えたら、「餃子の王将は?」と。

なんと、一号店でした。
しかも、座敷ではなく、掘りごたつ式。つまり、テーブル席。
今回、気づいたのは、彼らは、畳の上に座る事ができないという事。普段、イギリスで、武道の稽古をしている西洋人と一緒なので、私は、この事に全く気付かなかったのです。
日本料理は嫌。座敷は嫌。と、いう彼らに、私は疲れ果てていたので、
餃子の王将さんは、私を救ってくださいました。

餃子はもちろん、他の料理も気に入ってくれ、久しぶりに大喜びで食事をしてくれました。

餃子の王将さん。50周年おめでとうございます!

美濃和紙 岐阜県美濃市

岐阜県美濃市にある美濃和紙の里会館に伺いました。

 

 

会館の前には、長良川が流れています。

 

敷地内には、わくわくハウスも。中に入る前に、気持ちが、わくわくしてきました。

館内には、大きな紙飛行機が。

この紙飛行機は、テレビ番組の企画で、実際に空を飛んだのだそうです。

館内の外は、広々としたガーデンがあり、子供達が遊んでいました。

美濃和紙の里会館の館内には、和紙に関する貴重な資料が展示されています。
紙すき体験もする事が出来ます。
美濃市の子供達は、卒業証書で使う和紙を自分ですくのだそうです。うらやましく思いました。

美濃和紙の里会館で勉強させて頂いた後、
本美濃紙保存会 会長の澤村 正 さんのご自宅に案内して頂きました。

冷たい水に手を入れて、一から和紙作りを教えてくださいました。

 

 

この日は、とても冷え、作業している背中の後ろには、ストーブが置かれていました。

「手が冷たくなってしまいますから」と、申し上げたのですが、
「このように、丁寧に取ってあげないと、いい和紙は出来ないから。」と、おっしゃって、しばらく座って仕事を見せてくださいました。

その背中を拝見し、和紙に対する愛情を感じました。

隣の建物に張られた一枚のポスター。

澤村さんが写っていました。

この湯気の当たり具合が絶妙で、奇跡の一枚。だったのだそうです。
合成ではなく、風を起こして、、、

と、美濃和紙の里会館館長が説明してくださいました。

この後、おいとましようと思ったのですが、
澤村さんからお誘いを頂き、貴重な和紙の資料を見せて頂く事になりました。

数々の書の作品も見せてくださいました。
「お宝!」というものを沢山拝見し、目の保養をさせて頂きました。
もう、お腹いっぱいです。と、思った時に、予想もしていなかったオファーが。

「この和紙に書いてみて。」と、澤村さん。

「???」
「こんなに貴重な和紙に書く事は出来ません!」と、拒否しました。

「いや、いいから、書いてみて。」

「この和紙の価値を知っていますから、もったいなくて、出来ません。」

押し問答を繰り返しましたが、根負けしました。

「和紙の書き具合を感じてもらいたいから。」と、おっしゃったので、「それなら」と。

ですが、出されたのは、筆ぺん。いえ、筆ぺんを下にみるつもりはありませんが、
「本美濃紙に、筆ぺんで書くなんて!」と、恐縮しました。

「せっかくだから、字を書いてみて。」との事で、
「美濃」と、書く事にしました。

私が書いた文字を見て、
「今度は大きな筆で書いて!」と、澤村さん。

なんと、大筆の筆ぺんを引き出しの中から取り出しました。

大筆の筆ぺんが存在する事を知りませんでした!
さらに、貴重な和紙を私に使わせてくださろうという寛大なお気持ちに恐縮するやら、申し訳ないやら、それより、「もったいない!」という気持ちが大きすぎて、丁重にお断りしました。

きっぱりお断りしたのですが、根負けしました。

本当に貴重な和紙。そんな和紙に、ぶっつけ本番で、書いていいの?と、思いながら、何を書けばよいのか皆さんに相談しながら書いたのは、

『和』です。

『美濃にて』と、記念に書かせて頂きました。

出来が良くなくて、申し訳なかったのですが、
澤村さんが喜んでくださって、記念写真を撮って頂く事になりました。

まさか、字を書く事になるとは思ってもみませんでした。でも、
澤村さんの笑顔には、勝てませんでした。

美濃和紙の勉強をさせて頂いた後、岐阜県庁、美濃市の職員の方々に、
『うだつの上がる街並み』を案内して頂きました。

「『うだつの上がらない』という言葉がありますが、」と、教えて頂きました。

裕福でないと、上げる事ができなかった、この『うだつ』。
『うだつ』がたくさん残っている美濃市は、美濃和紙を中心とした商業が盛んであったという事がわかります。

この街並みの中に、紙遊さんがあります。

美濃和紙の品揃えが一番充実しているそうです。

店内には、美濃和紙を使った、沢山の製品が置かれていました。

岐阜県庁、美濃市役所の方々のお陰で、美濃和紙について深く勉強する事がきました。
美濃和紙の里会館の館長さんには、美濃和紙製品を頂きました。
本美濃紙保存会会長 澤村 正さんからは、澤村さんが漉いた和紙を頂戴しました。

貴重な経験をさせて頂いただけではなく、
美濃和紙に関わる方々の優しさ、情熱を感じました。

 

これからも、美濃和紙をイギリスで伝えていけたらと思います。

そして、また美濃市にうかがいたいと思っています。
今度は、イギリスで、一緒に稽古をしてくださっている方々を誘って、うかがいます。