美濃和紙 岐阜県美濃市

岐阜県美濃市にある美濃和紙の里会館に伺いました。

 

 

会館の前には、長良川が流れています。

 

敷地内には、わくわくハウスも。中に入る前に、気持ちが、わくわくしてきました。

館内には、大きな紙飛行機が。

この紙飛行機は、テレビ番組の企画で、実際に空を飛んだのだそうです。

館内の外は、広々としたガーデンがあり、子供達が遊んでいました。

美濃和紙の里会館の館内には、和紙に関する貴重な資料が展示されています。
紙すき体験もする事が出来ます。
美濃市の子供達は、卒業証書で使う和紙を自分ですくのだそうです。うらやましく思いました。

美濃和紙の里会館で勉強させて頂いた後、
本美濃紙保存会 会長の澤村 正 さんのご自宅に案内して頂きました。

冷たい水に手を入れて、一から和紙作りを教えてくださいました。

 

 

この日は、とても冷え、作業している背中の後ろには、ストーブが置かれていました。

「手が冷たくなってしまいますから」と、申し上げたのですが、
「このように、丁寧に取ってあげないと、いい和紙は出来ないから。」と、おっしゃって、しばらく座って仕事を見せてくださいました。

その背中を拝見し、和紙に対する愛情を感じました。

隣の建物に張られた一枚のポスター。

澤村さんが写っていました。

この湯気の当たり具合が絶妙で、奇跡の一枚。だったのだそうです。
合成ではなく、風を起こして、、、

と、美濃和紙の里会館館長が説明してくださいました。

この後、おいとましようと思ったのですが、
澤村さんからお誘いを頂き、貴重な和紙の資料を見せて頂く事になりました。

数々の書の作品も見せてくださいました。
「お宝!」というものを沢山拝見し、目の保養をさせて頂きました。
もう、お腹いっぱいです。と、思った時に、予想もしていなかったオファーが。

「この和紙に書いてみて。」と、澤村さん。

「???」
「こんなに貴重な和紙に書く事は出来ません!」と、拒否しました。

「いや、いいから、書いてみて。」

「この和紙の価値を知っていますから、もったいなくて、出来ません。」

押し問答を繰り返しましたが、根負けしました。

「和紙の書き具合を感じてもらいたいから。」と、おっしゃったので、「それなら」と。

ですが、出されたのは、筆ぺん。いえ、筆ぺんを下にみるつもりはありませんが、
「本美濃紙に、筆ぺんで書くなんて!」と、恐縮しました。

「せっかくだから、字を書いてみて。」との事で、
「美濃」と、書く事にしました。

私が書いた文字を見て、
「今度は大きな筆で書いて!」と、澤村さん。

なんと、大筆の筆ぺんを引き出しの中から取り出しました。

大筆の筆ぺんが存在する事を知りませんでした!
さらに、貴重な和紙を私に使わせてくださろうという寛大なお気持ちに恐縮するやら、申し訳ないやら、それより、「もったいない!」という気持ちが大きすぎて、丁重にお断りしました。

きっぱりお断りしたのですが、根負けしました。

本当に貴重な和紙。そんな和紙に、ぶっつけ本番で、書いていいの?と、思いながら、何を書けばよいのか皆さんに相談しながら書いたのは、

『和』です。

『美濃にて』と、記念に書かせて頂きました。

出来が良くなくて、申し訳なかったのですが、
澤村さんが喜んでくださって、記念写真を撮って頂く事になりました。

まさか、字を書く事になるとは思ってもみませんでした。でも、
澤村さんの笑顔には、勝てませんでした。

美濃和紙の勉強をさせて頂いた後、岐阜県庁、美濃市の職員の方々に、
『うだつの上がる街並み』を案内して頂きました。

「『うだつの上がらない』という言葉がありますが、」と、教えて頂きました。

裕福でないと、上げる事ができなかった、この『うだつ』。
『うだつ』がたくさん残っている美濃市は、美濃和紙を中心とした商業が盛んであったという事がわかります。

この街並みの中に、紙遊さんがあります。

美濃和紙の品揃えが一番充実しているそうです。

店内には、美濃和紙を使った、沢山の製品が置かれていました。

岐阜県庁、美濃市役所の方々のお陰で、美濃和紙について深く勉強する事がきました。
美濃和紙の里会館の館長さんには、美濃和紙製品を頂きました。
本美濃紙保存会会長 澤村 正さんからは、澤村さんが漉いた和紙を頂戴しました。

貴重な経験をさせて頂いただけではなく、
美濃和紙に関わる方々の優しさ、情熱を感じました。

 

これからも、美濃和紙をイギリスで伝えていけたらと思います。

そして、また美濃市にうかがいたいと思っています。
今度は、イギリスで、一緒に稽古をしてくださっている方々を誘って、うかがいます。